2018年10月02日

いつの間にか”がんばる教”に入信して頑張れない自分は価値がないと思っていませんか?

頑張る

頑張れる

頑張って



確かに頑張ることは良い事です。

僕も頑張るときは頑張ります。

でも頑張れないときはあるし、頑張らなくていいときは頑張りたくありません。





でもいつだって頑張れなければ


“普通ではなく、劣っている”


そんな思い、僕ら自身にもありませんか?




頑張ることがまるで僕らにとっては宗教のよう。



「がんばる教」




僕は入信した覚えはありませんが

どうやらずっと昔から入信していたようです。



<がんばる教・教義>
・頑張ることで初めて人から必要とされる
・頑張ればきっといつか安心できる
・頑張ることが当たり前なのだから、当然いつでも頑張るべき。








お互い頑張ることが当然。

頑張れない自分は価値がない。



だからそのレール(教義)から外れた時

みんな頑張っているのに、自分は頑張れない。

とてもみんなから疎外された感じを持ちやすくなります。




療養することが望ましいとき、そのがんばる教に入信していると

この思考ループにはまりやすいです。

ほとんどこの宗教に入信していることは皆さん無意識です。






休みながら自分を責めていると回復も必然的に遅れますし

もともと自己肯定感が低かった方が、頑張ること、評価されることで

保ってきた自己を保てなくなる


つまりさらに苦しみを抱えやすくなります。





あなたはもしかしたらがんばる教に入信していて

もう頑張れなくなったのではありませんか?





そのしがらみに気づき、自分の本当の思いと対話することが重要なの
です。
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posted by 創間元哉 at 21:24| そうまのコトバ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする