2018年08月10日

私はここにいる。私を見ろ。

大阪に滞在中、真夜中に



ぶぉーーーん!ぶんぶんぶん!!



けたたましい爆音が聞こえてきます。





おー!久しぶりだな。


暴走族。







だいぶ最近減ったなと思っていましたが


眠りを妨げたうるささにイライラするものの


なんだかノスタルジックな思いさえ感じます。





ふと、その音が



叫びに聞こえました。




私はここにいる。


私をどうでもいい人間なんていわないでくれ。


嫌な思いをさせてでも、私がここにいることを気づいてくれ。






と。






自我とは、自分の価値が喪失し

いてもいなくても同じの状態を恐れています。




その為に


何者かになったり

何かを持ったり

だれかより優れたい思いを標準的に持っています。





僕らもそういう思いはみんな持っています。





しかしそれが叶わなかったり

それがうまくいかなかったらどうでしょう?




それで自我の恐れは止むことはありません。


むしろその恐れは強くなり






どんな負を帯びることでも


自分がどうでもいい存在になるよりマシなのです。






だから公然と犯罪行為をしたり

嫌がらせやいじめをするのです。




彼らだけではありません。







苦しみの私にいるというのも、存在証明になりえます。




こんなに苦しいよ!

こんなに私は大変なんだよ!

見て、私をどうでもいい人間だなんていわないで。








その思いがあることは、特別なものではありません。





僕らの自我は、そういう性質があるのだと

知っておくことは大切なことです。






と書きながら、暴走族ちゃんによる寝不足であくびをするのでした(笑)






※内容についてはインテグレイテッド心理学を参考にしています。

posted by 創間元哉 at 18:00| そうまのコトバ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする