2018年06月03日

そうだったんだ、愛されていたんだ 〜勉強会で自己ワークをしてみたら〜

今日は名古屋でRFT(レジスタント・フリーダム・セラピー)の勉強会。




触れること、何もかもがやっぱり楽しいー!

心のオタク、セラピーオタクなので生き生きと講座に参加。




一番ワクワクしているので一番質問するのです。

今日も新しい発見や新しい見解を学べました!!

それもこれもクライアントさんが僕を生かしてくださっているから、僕はまたレベルアップできると思っています。




最後の時間に自己ワークタイム。
(自己ワークを他の2人のオブザーバーに見てもらうという形式)





僕はつい最近に反応した言動に対してワークをやってみました。








「お金がないのでただでセッションをやってくださいよ」という言葉をある方からメッセージで言われたことがテーマでした。

もちろんお仕事として提供しているので、丁重にお断りはしたのですが、自分の中では強く反応したことでした。




どんな風に反応したか?


「結局金かよ、創間さんって優しくて清く正しい人だと思っていたけど汚い人だったんだ、裏切られた感じ」


と思われる、思われたかもという恐れでした。





期待外れ、お金に執着する汚い人だったんだ!裏切られた感じと思われる!いうのが特に強い思いでした。







お分かりになる方はこれが僕の意味づけ、解釈だということはわかると思います。

「私は金に汚い裏切者」というセルフイメージです。
それを抑圧(無いものにして自分の潜在意識に無意識に抑えていること)していることで、外側にそう映ってしまっていると投影しています)
※このあたりはインテグレイテッド心理学の考え方を引用しています。


つまり、事実ではこの方が「ただでセッションしてほしい」としか言っていないのにそれを断る自分は「金に汚い裏切者」だと映ってしまう!ということが真実だと信じ込んでしまっている状態と言えます。



これがこの反応の苦しみの中身です。
いわゆる患部に近づいています。








さらにここの感覚を癒していくうえでRFTでは独自のとらえ方をしました。

これは技術に関する事なので、お伝えできませんでしたが、従来のセラピーとは違うフォーカスの当て方でした。




すると、そのセルフイメージに関連する記憶がすっと出てきました。







小学3年生くらいの時、台所にあった食費の財布から、お金を抜いてほしいものを買い

母にそれを叱られた記憶が。


感覚、感情ともにかなり強かったです。


30年以上前とは思えないほどに、エネルギーのある記憶でした。




ここからRFTをしていくのですが


イメージの僕は言います。

「取り返しのつかないことをしてしまった」

「お母さんの期待を裏切った」

「自分はなんてことをしてしまったんだ」

強い悲しみがあります。


それをさらに受容していくプロセスをおこないます。



やがて悲しみは癒えてきたのか、今度は怖さがあふれてきます。



「お母さんが離れていく」

「僕がいけないことをしたからもう離れていってしまう」

「すごく怒っていたから、もう見放された」



その怖さは泣いている僕の唇が震えるほどでした。



その怖さを受容してあげることで


イメージの自分は座布団の上で正座している状態から足を投げ出し始めました。






ただ顔を反省したような顔をして神妙にしています。

ここで僕は自分のイメージに聞きます。



こうしていることで、何を守れたし、避けられた?



僕自身も彼の返答を聞き、納得して笑います。


「反省した顔をしていれば見放されずに済むから」




その奥にさらに強い怖さを感じていたようです。





それをよーくわかってあげていくプロセスを行なっていくと、イメージはだいぶ落ち着きました。

イメージ全体の雰囲気が風通しが良くなったと感じた時






とても大きな気づきが始まりました。




あの母の叱責は、僕はずっと自分を縛るものだと認識していたようです。

しかしそれは、道を外さぬよう、愛を持って接してくれていたんだと大きく自分の心がシフトしていくのが分かりました。



そうか、僕はあの日「汚い人間として」見放されたのではなく、愛されていたのだと。






母を一瞬意識したとき


さらに大きな気づきが自分の中に起きます。




「僕は期待に応えなくても、たとえどんな自分であったとしても、愛されていたんだんだ」







はい、大号泣!

涙が止まらない。



僕の中ではとっても大きい気づきの瞬間でした。

深いところでの気づきとはこんなにもパワフルなのです。






体中に温かい感覚が満ちてきます。

オレンジ色のぬくもり。









ずっと条件が整わないと得られないと思っていたこの感覚。

ここにあったんだ。








深いやすらぎとともに、今まで正義を貫かないといけないと頑張ってきた自分のイメージに花束をあげました。









僕は愛されていた。

でもそれはもう半分以上失われていたと思っていました。



でも僕はもうとっくに愛されていたんですね。







このワークを終え、再びテーマをリチェック。


この出来事を思い出しても、自分は「金に汚い、裏切者」という感覚は感じられませんでした。

投影は落ちたのです。






むしろもしそうだとしても、なぜか安心なのです。









あの時の自分をイメージすると母と夕日を見ています、窓から。


このオレンジ色は夕日だったのですね。











という自己ワークをおこないました。


久しぶりですね、自己ワークレポート!
クライアントさんのはプライバシーがあるのでできませんが僕のはどんどんお伝えしたいです。












セラピーの方法は日々進化しています。進み方もかなりスムーズですし、本当にいろんな心のケースに実践可能です。










ただ今回の自己ワークで体験したように、自分を見つめてくこと、どんどん自分にも用いていくことが


クライアントさんのことも見る目と腕を磨くために必要だと改めて感じました。






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posted by 創間元哉 at 20:59| そうまのコトバ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする