2015年02月05日

認めること、認められること…

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マズローという心理学者が「人間の5段階の欲求」を提唱しました。


簡単に言うと人間はこの1番目から満たされていく事で、その先の欲求を満たそうとするのです。




第1の欲求は「生理的欲求」
「生きていくために絶対に満たされなければならない」欲求です。
呼吸、食事、排せつなど、生物としての基本的欲求です。



第2の欲求は「安全の欲求」
身の安全を確保したい欲求です。



第3の欲求は「社会的欲求」、「親和の欲求」とも言います。
人と仲良くしたいという気持ちです。又グループの一員でいたいという欲求です。



第4の欲求「尊敬、評価の欲求」いわゆる「承認の欲求」です。
自尊心を満足させたい欲求と、そういったことを他者からも認めてもらいたい欲求です。



第5の欲求は「自己実現の欲求」
なれる可能性のある最高の自分(存在)になりたいという願望を持つ欲求です。




この5つの中で1つだけ第4の欲求だけ特異です。
他の4つは自発的にどうとでもなるのですが、承認欲求だけは自分だけではどうにもならないのです。

さらに他の欲求は「〜したい」という欲求に対し、第4の欲求だけは「〜されたい」と受動的な欲求なのです。






心理学者ウィリアム・ジェームスも言葉にしています。

「人間のもつ性情のうちでもっとも強いものは、他人に認められることを渇望する気持ちである」



つまりこの第4欲求である「人に認められたい」という欲求はもっとも根強い欲求なのです。



僕も様々な方のカウンセリングやセラピーを行なってきましたが、幼少期からの愛情の枯渇が原因でこの欲求がさらに肥大して苦しんでいる方が多いのです。



過去の出来事から、枯渇してしまった原因の感情を取り除くことはセラピーでは可能です。
「人に認めてもらえないと私は〜だ。」という信念は、とても強いものです。
それによって膨らんでしまった承認欲求を普通の強さに戻すことはできます。




ただ勘違いしないでもらいたいのは、承認欲求というものはそのものが悪ではありません。

人は頑張りをちょっとした一言で認めてもらえると、さらに努力をしようとしますし
やる気がみなぎるのです。
髪型が変わったと気づいてもらった日は嬉しいですよね!


しかしそれ自体に依存してしまう感情や信念が問題なのです。



「認める」ということには3つのサイクルがあると思います。


ひとつは、あなたが誰かを認めること。


ふたつ目は、あなたが誰かに認められること。


そして最後は、自分が自分を認めるということです。




この認めるというサイクルが重要です。



人に認められないと嘆く人の多くは、人を認めていません。
まず大事なことは人を認める事が先だということです。

そして人は認められることで相手を認めるのです。
人はお返しやお礼をしないとちょっと気持ち悪いのです。これを「返報性の法則」といいます。
まあ中にはいますが・・



そうしてあなたは誰かに認められることになります。


しかしここで大事なことは、それによって「自分を認める」ということをしているかです。
人に認めてもらえれば、承認欲求を満たすことになりますが、それだけで終わっている人が多いのです。




大事なことは「あぁ、私はこんなふうに認められてるんだ、そんな自分も認めてあげよう」という認識です。
そしてこれが僕の良く知っている「自信」につながっていきます。


※そんな風にはできないという人がいたら、それは過去の出来事から焼き付いた強い信念があるかもしれません。セミナーではこの信念について、詳しくお話しています。




話を元に戻しましょう。


真に自信がある人は、自分の良いところに気づいている分、人の良いところに気づきます。
逆に自信がない人は、自分の悪いところばかり気にしている分、人の悪いところを拾います。



良い部分を相手に伝える事によって、結果的に自分が認められることになります。
そうすることによって、自分にまたひとつ自信が生まれるのです。





このサイクル。逆のパターンで考えてみてください。



人の悪い部分を誰かと陰口叩いていれば、結果的に人が離れていきます。
そして自分は傷つけられたとか、認めなかった相手が悪いとか、悲しいとか、感情を燃やすのです。
そうすることで、自己肯定感は揺らぎ、自信を持つことなどできないでしょう。
そして自分を救ってくれる救世主、理解者、居場所を求めて、このサイクルを続けるのです。

ちょっと恐ろしいですね。







それと、この3つのサイクルどれかが欠けてはいけません。
誰も認めていないのに、自分が認められるはずがありません。
人を認めていても、自分を認められなければ、いずれこの行為も疲れるでしょう。


人の欲求とはよくできています。
本当に精密機械のようで、柔らかい芸術です。
あなたなりのバランスがきっとあるはずです。






生きていく以上、この欲求と共にこれからも我々は生きていきます。
できればこの欲求と良いお付き合いをしながら、のびのびとしていたいですね。

だってその先には自己実現の世界が待っているのだから。
僕らはそのために、この世界に生まれたのだから。




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創間元哉のセラピー









posted by 創間元哉 at 23:34| Comment(4) | そうまのコトバ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
以前セラピーを受けたものです。
信念は一度元どおりにしたとしても、また復活することはあるのでしょうか。
Posted by さち at 2015年02月06日 00:03
さちさんコメントありがとうございます。
セラピーをうけてくださったのですね。


あなたのご質問の通り、一度書き換えた信念が元通りになったように感じることはあり得ます。


その理由は3つです。



ひとつは
セラピーの後、何か強い出来事に遭い、強い感情を受けて下がってしまうことで自分の安心領域(今までこうだったんだから、ここなら安心できるという領域「心の我が家」といっています)などが低くなってしまうことにより起こります。
「所詮私はこんな自分なんだ」と信念を呼び戻そうとする力が働くのです。復活するというより、書き換えた信念をもう一度書き込むという風に考えるのが適格です。



もうひとつは、その信念の要因になりえる出来事や感情が本人も気づいていないが、他にも残っている場合です。つまり「別の問題」が隠れている場合です。


最後は、その信念の書き換えそのものを本人が「潜在意識の中で望んでいない場合」です。本気で変わりたいと思っていても「こう変わってしまったら〜になるんじゃないか」という2次的な恐れや不安があると、その信念を呼び戻されるような錯覚を覚えることはあります。




長くなりましたがこの3つは丁寧にセラピーやカウンセリングで向き合う事で、解消はできます。

もちろん一回一回信念の書き換えや感情のケアに、僕はベストを尽くしていますが、本人も意識できることがすべて表面化するまで、時間を要することはあります。


Posted by 創間元哉 at 2015年02月06日 22:39
質問に詳しく答えてくださってありがとうございます。よく分かりました。またお世話になることあるかもしれませんがその時はよろしくお願いします。
Posted by さち at 2015年02月08日 09:03
さちさん> コメントありがとうございました。はい。あなたにお会いできることを楽しみにしています。そして全力でお力になることを約束します。
Posted by 創間元哉 at 2015年02月10日 22:18
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