2019年11月28日

僕が生まれた朝、おばあちゃんはかなり怒っていたらしい

今日は僕の誕生日でした。


この歳になると、めでたくないなんておっしゃる方もいるでしょうが


僕はいくつになっても誕生日はありがたい日だなと感じています。




僕が生まれた時の話は誕生日のたびにするので、もう何十回と聞いています。

しかし何度も聞いているうちに、知らなかった新事実が年々分かってくるので面白いのです。




昨年は皆さんにも話した通り、知らなかったその日の父のお話を知りました。




「初産だからまだ生まれないよ」と母方の祖母から言われ、のんびりお茶を飲んでいた父。

しかしもう生まれるという急報を受け、車を飛ばして向かう西の空にはとてもきれいな明けの明星が輝いていたのだそうです。

それを見て、父は涙したのだとか。



僕は父に対しての反発が非常に強い時期が長かったので、父をまた見直す一つのきっかけになりました。





今年はばあちゃん(父方の祖母)の話。

僕の出産予定日は1週間後と主治医は判断していたようで、1週間は大丈夫だろうと研修旅行に出かけてしまったそうなのです。

しかし母は予想より早く産気づき、主治医がいないということで院内は混乱していたそうです。




なんとか隣町まで行って出産してくれという病院からの通達に母も産気づいているので、とても困惑していたそうなのです。



そこをばあちゃんがすごい剣幕でがなり立てたんだそうです。

「そんなバカな話はあるか!先生を旅行先から呼び戻せ」と。

「嫁にもしものことがあったらどうするんだ!」なども言っていたそうです。



とても気分屋で気性の荒く普段は母と衝突の絶えなかったばあちゃんでしたが、その時ばかりは母を守ろうとしたようなのです。




何とか説得して隣町から他の先生を呼び分娩することに。


僕は無事生まれることができたそうです。




今では笑い話でしたが、その当時は2人とも必死だったのですね。







こんなにも怒りや慈しみや思いやりに包まれ、僕は生を受けることができたんだなと感じた夜でした。



改めて43回目のありがとう。

posted by 創間元哉 at 21:59| そうまのコトバ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする