2019年04月15日

不識 〜私はこういう人間だと誰が証明できる〜

昔の中国の王朝、梁の武帝が、だるまさんで日本では有名な達磨大師を自分の元に呼び寄せたときに



「そなたは誰だ」という問いに




「不識」と答えた逸話が禅宗の言い伝えで残されています。






私は何者か



僕らはたくさんの言葉で自分を言い表すことができると思います。





私はおっちょこちょいだ。


私は頭がよくない


私は友達に恵まれている




などいろいろありますよね。



私はセラピスト



なんてのも僕にとっては言い表せることでもあるでしょう。






でもこれをどうやったら、真実だと言い切れるのでしょうか。


世界中の人に聞いて回っても、それをどうやったら証明できるのでしょうか。


それは真実なのでしょうか。




答えは真実ではありません。




自分を指し示す言葉は自分が思い込んでいても、他者がそうだと評価していても


それ自体は幻想でしかないのです。







だから達磨さんはそなたは誰か?という問いに”不識(知らない)”と答えたのです。







では真実の私とはなんでしょう。


そこにこそ、聖なるものでもなく、キラキラしたものでもなく



シンプルで力強いものがあるのです。
posted by 創間元哉 at 23:03| そうまのコトバ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする