2017年11月04日

難しいという意識

これは難しい。


これは難しいから仕方ない。



なかなか進まずに
もし戸惑っているクライアントさんがいたなら



そう話してあげるのもセラピストとしては望ましいかもしれない。





だけど、難しいとこちらから聞かれてもいないのに

セラピストが判断してしまうと、それはクライアント基準のセッションではなく


セラピスト基準のセッションになる。




「私の問題は難しいんだ」とクライアントに植え付けるになる。


難しいと判断しているのは、セラピストの投影。


難しいかどうかは、どうなっていくかは厳密には分からない。

経験則より、現場なのだ。




もしセラピストが心のうちで難しいと判断したとしても

「丁寧にケアする必要がある」と細心の注意を払いながらクライアントさんに説明が必要と感じる。



そのうえで丁寧にどのようにしていくのかを、わかってもらうだけでいい。








難しいは簡単に使ってしまう言葉だけど


その人に染み込んでしまうやっかいなビリーフも作りやすい。




「私の問題は難しい」のだと。

posted by 創間元哉 at 22:05| そうまのコトバ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする